国会図書館デジコレにて、送信サービスで閲覧可能な範囲でお食い初めについてつまみぐいする。
ヒットした中で一番古かったのは1939年4月発行の雑誌で、お食い初めに寄せた俳句が掲載されていた。どのようなスタイルなのかは不明。
1959年の宇留野勝正『育児学』9版では次のような記述がある。
乳児が生後約100日になると「お食い初め」をやり茶碗や箸等をそろえて供え,歯や体が丈夫になるように祈念する地方は少なくない.これだけならば意味もないが,また害もないであろう.しかしこのお食べ初めに赤飯を無理に乳児に食べさせるに至れば有害といわなければならない.乳児が下痢を起さなければ不思議である. (宇留野勝正 著『育児学』,朝倉書店,1959 9版. 100頁. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2490563 (参照 2026-05-19))
赤飯を実際に食べさせるケースを持ち出しているので、少なくとも赤飯を食べさせる真似をするくらいはやってたんだろうな、と想像する。「これだけならば意味もないが」という一節には、旧弊の残る農村への蔑視のような、当時の視線が窺えそう。
同じような注意は、その2年後に刊行された本でも見られる。
お食い初め-出産後百日目(百十日目、百三十日目と一定していない)に、赤ちゃん用のお膳に尾頭つきで赤飯のお祝いをします。 一生食べ物に苦労のないように、 という縁起ものですから、無理にご飯を赤ちゃんに含ませたりしないように。これも古い習慣の名残りですから、旧家で見られるくらいです。(島村信彦 著『妊娠から安産育児まで : 正しい知識と心得』,元文社,1961. 154頁. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2495667 (参照 2026-05-19))
「これも古い習慣の名残りですから、旧家で見られるくらいです」という最後の一文から察するに、1961年当時はそれほどお食い初めは一般的・庶民的なものではなかったのだろうか。いまよくいわれるような、一汁三菜+鯛、というような膳の構成の話はない。あるいはそれが言うまでもない前提だったからなのか、そうしたレギュレーションが弱かったのか。
しばらく飛んで−−つまみぐいなのだから、クロノロジカルに網羅するつもりなどさらさらないのだ−−1995年の本にはこんな記述。
生後五十日、あるいは百日目に、一生食べものに困らないように、また、すこやかな成長を願って行われる赤ちゃんに初めての膳を供する儀式です。 餅入りのおも湯を赤ちゃんに食べさせる五十日、百日の行事と、魚の肉などを初めて食べさせる真魚始めの儀式が一体となったものといわれ、箸初め、箸ぞろえなどとも呼ばれています。
素焼きまたは漆器の器に、白木の箸を添え、尾頭付きの魚を含めた一汁三菜が正式の膳ですが、乳離れの赤ちゃん用にそろえた食器のおひろめ式としてもよいでしょう。
地域によっては小石を添えて、赤ちゃんに食べさせるまねをして、丈夫な歯になるよう願う風習があります。赤ちゃんに食べさせる役目を果たすのは、その日集った人のなかの最年長者です。
お食い初めの贈り物は、食器などが主流ですが、後にも使えるよう実用的なものを選ぶほうがよいでしょう。 (『知っておきたい冠婚葬祭の心得 : いざという時に困らないために』,昭文社,1995.1. 58頁. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13302079 (参照 2026-05-19))
お食い初めという行事の由来について多少記載があり、複数の行事が集合したものという説明はしっくりくる。また特段家柄などには触れておらず、30年前に比べれば広い範囲でお食い初めが行われていたのだろうか。献立やしつらえについてもおおよそ現在見るのと同じようなものが紹介されており、ここ30年くらいはスタイルが変わっておらず、それ以前のどこかの段階である程度大衆化とパッケージングが進んだようだ。いや、本一冊の記述からそんな推定をするのはおっちょこちょいでしかないわけだが。パッケージングの時期やプロセスの探索についてはさしあたりfuture workとするが、きっと民俗学系の蓄積とかがあるんだろうな。おせちの標準化しかり、ファスト風土化論の"可能性の中心"はむしろこのあたりにあるのではないか。
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Web記事で紹介されているようなお食い初めの様式が、いかにも「創られた伝統」っぽい感じであまり気分が乗らなかったのだけど、精度が低くても核っぽい部分にあたりをつけてみると、どの程度現行のレギュレーションに従うべきか、自分にとって納得できるラインを判断しやすくなると思った。何であれば真正性を感じられるのか。いわば「根をもつこと」についての問いだ。